2011年6月28日火曜日

ソード男子 (5)

 3日ぶりに外に出ると暑くてくらくらした。快楽は「地球温暖化なんか嘘」「ゴミの分別とかは時間の無駄」とか、どこかの環境評論家みたいなことを言ってクーラーをガンガン効かせていたので、7月にも関わらずすごく寒い思いをしていたのだが、やはり外は暑い。居心地の良かった彼の家に戻りたいと思った。(結果的に)仲良くなったので、どうせだったらもっと泊まって遊んで帰ろうかと思っていたのだが、「親御さんを心配させちゃならねぇ」という、そもそもお前のせいで心配させているんだろと言いたくなるような言い分で僕は部屋を追い出された。
 朝10時を過ぎていたので、京浜東北線の電車の車内はすいていた。自分1人で電車に乗るのははじめてなので僕は心配で、蒲田がどこにある駅なのか緊張しながら車内の路線図を眺めた。快楽がググった結果によると、僕の家まではこの電車に乗るのが一番近いらしい。僕は乗降口付近に陣取って視線を上に向け続けた。
 蒲田駅に着くと僕は安心して電車を降りた。この駅の近くには数回来たことがある。東口に向い、改札にポケットの中で握り締めていた切符をかしゃんと通すと僕は自分の家に向かって歩き始めた。
 20分ほどかけて、僕はゆっくりと歩いて家に向かった。歩きながら快楽の事を思い出していた。僕は知らなかったが、彼がネットで調べた情報によると8月中旬にある編入試験を受ければ2学期からでも僕の高校にも転入できるらしい。既に7月になっていて、8月の編入試験まであまり時間が無い。僕は勉強ができることが唯一の取り得だと自分で思っていたので、彼に勉強を教えてあげようかと言ったのだが、「孤児の底力舐めんな」と言われて断られた。そもそも彼が中学にもちゃんと行っていたのか怪しいので、やっぱり無理強いしてでも勉強を教えておくべきだったと思った。しかし彼の所へ行こうにも僕は上手い口実を思いつかないし、何より彼の所へ行くまでのいろいろな過程に辟易した。家に帰って引きこもりたいという思いが強くなりつつある。
 僕の家が見えてきた。玄関が開いていて奥へと続く廊下がまる見えになっている。掃除でもしているのだろうかと視線をめぐらせると、小さな庭に面した戸の窓ガラスが完全に割れていた。ギザギザした割れ目に金属バットが凭れるようにして立てかけられている。庭の芝生に飛び散ったガラスがきらきらと太陽の光を反射していた。
 僕は自分の家の前で立ち止まって少しの間何が起きているか把握しようと努めた。どう考えても誰かが暴れた跡だ。僕は暴れたのはろくでもない兄に違い無いと思った。お父さんもお母さんも3日前は嬉しそうに僕を頑張れと言って見送ってくれた。絶対あのロリコン野郎のせいだ。あいつ頭がおかしくなったんだ。
 家に入ろうとする僕の頭には僕以外が全員死んでいる光景が浮かんでいた。血のイメージが浮かぶ。僕は本当に心細くなって胸がざわざわした。玄関に近づくと、割られて表面がへこんでしまった靴入れと、廊下に打ちつけられて花と水がぶち撒けられていた花瓶の残骸が目に入った。僕はスリッパも履かずに花瓶の残骸をつま先立ちになって避けながら奥へと進んだ。スニーカーソックスのつま先から水が染み込んで来た。
 めちゃくちゃに荒らされたリビングには、表面が引き裂かれて中身が見えている革のソファーに座って眼鏡を外して煙草を吸っているお父さんと、床で胡坐をかいている兄が居た。鼻に大きなティッシュの塊を詰めてうつむいている兄の横には、電池を入れる場所の蓋が外れて、電池を失い、中のスプリングが見えているテレビのリモコンが投げ捨てられていた。お父さんの眼鏡は床の上で右側のフレームが外れてレンズは粉々になっていた。
 

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