2011年2月18日金曜日

ソード男子 (2)

 目を開けると見知らぬ天井が見えた。「見知らぬ、天井。」エヴァかよ。あれも途中で観るのやめちゃったんだよな。意味が分かんないし。主人公がクソ人間の癖にけっこうかわいい感じの顔してるのがむかつくし。結局いい人生を送りそうなんだよな。僕が意味の無いことを考えながら横に顔を向けると胡坐をかいて炒飯を食べながらさっき殺そうとしたDQNが僕を見ていた。
 DQNは傍らにノートパソコンを置いてファンタを飲みながら炒飯をスプーンで口に運んでいた。「おー起きた。結構人って簡単に意識失うんだ。漫画みてえ。」DQNはしゃぐしゃぐ炒飯を口に運び続けた。髪は昔のロンブー淳みたいな色だが、顔は正面から見るとさっき想像したクソ主人公みたいな顔をしていた。炒飯は半分ほど皿から無くなっていた。
 「お前さぁ。さっき俺殺そうとしたでしょ。」DQNがスプーンを動かす手を休めて突然聞いてきた。僕は無言だし、無言以外にどうしようも無いなと思った。「飲む?これ。」DQNが蓋を開けたままのファンタ(グレープ)を差し出してきた。僕は4分の1ほどの残量になった紫色の液体を見ながらどうしようかと思った。目の前の赤髪シンジ君(仮)に何て言っていいか分からないし、ちょっとまだ気分が悪いし、そろそろ意識がはっきりしてきた分ここがどこで今がいつかとか知りたいし、電車にはねさせようとした相手が何で僕の前に居るのか分かんないし、こいつに何されるのか不安だし、ファンタはグレープ(笑)より断然オレンジ派だし、こいつの飲みくさしを何で僕が飲まないといけないのか分からないし、多分逃げた方がいいと思うし、何より家に帰りたい。全部忘れたい。
 考えた結果逃げたくなった僕は、ざざぁっとかかっていた布団を相手にぶつけて体を起こして逃げようとして後ろをふり返って走り出したが、とたんにががぁっと前につんのめってこけて顔面を畳にぶつけてしまった。顔が痛い。
 「何すんだよお前。シャツびしょびしょになったろうがクソが。あーもうキーボードにちょっとかかってんじゃん。お前これファンタ満タンの状態だったら死んでたよこれ。」赤髪シンジ君(仮)の声が聞こえるがこの後の展開が怖いので起き上がれない。足がどこかに繋がれているのか。何が何だか全然分からない。
 赤髪シンジ君(仮)はTシャツの腹の部分を紫色に染めたまま、僕が顔を伏せている所まで歩いてきて屈んだ。畳越しにこいつの足の重量を近くに感じる。ホントにダメな展開だこれは。ダメ過ぎる。何されるんだろうか。
 「お前さ、やっぱちょっとおかしいって。お前おかしいよ。ほんと。普通警察に引き渡されて終わりなんだけどな。ほんとは。でも俺って曲がったこととか許せないじゃんか。どうせ警察とかに行っても形だけ怒られるだけだろうし、俺の見た目とかさ、お前じゃなくてお前の外の状況とか考えられて結局なあなあで済まされそうな感じじゃんか。いや俺が坊ちゃん刈りでスーツ着たおっさんだったらお前捕まったりするかもしんないけどさ。でもお前が殺そうとした奴が俺だからさ、結局お前も今日のこととか無かったことにするんでしょ?それじゃやっぱり問題解決にならないからさ、お前友達ってことにして気失ってたお前おんぶして俺ん家まで運んで来たんよ。」
 僕はこいつの話を聞きながらこいつを殺そうとしたことを後悔した。めんどくさそうだ。そこら辺の奴を殺して自殺するだけの話だったのに。苛々する。あと多分僕はちょっとほっとしてる。苛々する。
 「お前運んで来るの結構大変だったし。だって周りの奴とかお前が俺を突き落とそうとしたの見てるからさ。いや、まあお前が俺にぶっ飛ばされる形になったんだけどさ。結局は。はは。結構吹っ飛んだなお前、俺に蹴られてさぁ。ちょっと俺もやばいかなとか思ったんだけどさ。でもまあ人殺そうとしてたんだからいいよな。ぶっ飛ばされても。それでさ、『あ・・・わり、大丈夫か拓也!!』とか叫んでさ。まあ拓也じゃなかったけど。はは。でもかすってたなお前。受験票の名前見たら「や」だけあってたし。そんでばばっ!てお前をおぶって真剣な顔して走って俺の家に家に運んだんよ。でもさ、多分お前頭・・・というか性格やら人格やらがとりあえず終わってそうだから逃げようとするんじゃないかと思って昔飼ってた犬のリードでお前の足くくったんよ。南京錠とか付いてるから気付くと思ったんだけど、お前やっぱり馬鹿だったな。気付かずに頭から突っ込むしな。」
 僕は話を聞きながら畳に顔を伏せたまま両足首にある感触を確かめた。確かに繋がれている。何で気付かなかったんだろう。
 「まあ、多分これ何かの縁だと思うし、俺がお前を改心させてやるわ。」そう言うと赤髪シンジ(仮)は僕の傍から離れていった。ドアを開ける音がしたので僕は顔を上げて部屋の入り口の先に続く廊下を歩く赤髪シンジ(仮)の剥き出しの背中を見た。僕はこいつが背を向けている間に後ろを振り返りリードでくくられた足首を見てがっかりした。リードとか言ってたから普通のゴム紐みたいなものかと思っていたけど、がっしりとした革でぐるぐる巻きにして無理矢理挟むような感じで南京錠がかかっている。リードはクローゼットの後ろの僕の居る場所からは見えないところに繋がれていた。引っ張ってみたがびくともしない。
 「お前ってさー勉強とかできんの?代ゼミの模試受けに行くつもりだったんでしょ?結構俺らが居た場所から遠いとこの代ゼミだったけど。」
 廊下越しに僕は周りを見回した。かなり殺風景な部屋だ。さっき僕が投げた掛け布団が何も乗っていないテーブルの上に半分乗りかかっていた。畳の上にノートパソコンが1台とその隣に食べかけの炒飯、そして空になったファンタのボトル。刃物は見当たらない。
 「あーお前逃げる方法考えてたんじゃねぇ?あはは。無理無理。リード切ろうとしたら俺またお前ぶっ飛ばすし、このボロアパート俺以外住んでないから誰も来んよ。まあじっくり話し合おうや、和ちゃん。」僕が声のする方を振り返るとにやにや笑いとTシャツに印刷された"I have a dream"の文字が見えた。

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